物質世界という、こんな確かな現実にいながら、
その全てが、揺らいでいる。

美しい風景を大勢で見たとしよう。

どれだけの言葉を尽くしても、
誰かとまったく同じ感動を分け合うことはできない。
何に感動したかさえ、違っているはずだ。

そこで唯一揺らいでいないのは、「美しいと思った自分」だけである。

堅牢な建造物も、風化していく。
確かなのは、その時それを見た自分だ。

どんなに医療が発達しても、痛みという感覚を分け合うことはできない。
それを味わっているのは自分だけだ。

どんなに美味しい料理を食べたとしても、
味覚は人それぞれであり、
美味しいと思う人と、それほどでもないと思う人がいる。

唯一確かなものは、自分はどう思ったかだけだ。

いろんな常識がある。
でもそれだって、解釈により、その人の正しさにより、
まかり通ったり、そうでなかったりする。

常識といわれるものに、とらわれる必要はない。

自分はどう思うか、だけだ。

すべてが揺らぐ中、ただひとつ、揺らがないもの。
それは自分であるということだ。

すべて消し去っても、消せないものがひとつだけあることに気づく。
それは、それを見た「私」だけである。

それを真理というのだと思う。

投稿者

キシダサトコ

1965年生まれ/愛知県/イラストレーター・a-souka運営者
いろんなところでヲタク気質が表出する。意識が拡大した折にはここぞとばかりに現実化の仕組みをダウンロードしたが、スーパーで舞茸の価格に葛藤が見えて衝撃を受けた。その衝撃の葛藤のお値段は30円。やっす。